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名古屋地方裁判所 昭和58年(ワ)2424号 判決 1984年11月28日

原告

佐藤一義

ほか一名

被告

矢野泉

主文

一  被告は原告佐藤一義に対し、六七五万四〇〇一円及びこれに対する昭和五六年九月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告佐藤のゑに対し、八五五万四〇〇一円及びこれに対する昭和五六年九月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  この判決は、第一、二項に限り、仮に執行することができる。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告佐藤一義に対して一〇六〇万五九七八円、原告佐藤のゑに対して一二七二万五二二八円並びにこれらに対する昭和五六年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告佐藤のゑは亡佐藤由春(以下「亡由春」という。)の妻であり、原告佐藤一義は原告佐藤のゑと亡由春との間の唯一人の子である。

2  交通事故の発生

被告は昭和五六年九月一八日午前七時四五分頃、名古屋市中区新栄二丁目四五番二六号先道路上において普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転して、たまたま同所を徒歩で横断していた亡由春に衝突し、同人に対し后頭骨々折、左七、八、九、一〇肋骨々折、左恥骨々折、背部挫傷、両肘部挫傷、両手挫創、左大腿部挫傷等の傷害を与え、これが原因となつて同年一一月一〇日、同市千種区大久手町五丁目一九番地吉田外科病院において死亡させた。

3  死亡による損害

(一) 亡由春の逸失利益

(1) 厚生年金受給権喪失の逸失利益 七三〇万五二五六円

亡由春の年金額(年額) 一四一万四六〇〇円

同じく余命年数 一〇年(ホフマン係数七・九四四九)

同じく生活費 三五%

(2) 労働収入喪失の逸失利益 六三八万八五九〇円

得べかりし年収 二二五万二二〇〇円

(但し、昭和五五年賃金センサス産業計全労働者六五歳以上)

生活費 三五%

就労可能年数 五年(ホフマン係数四・三六四)

即ち、亡由春は本件交通事故当時、七一歳という高齢であつたが、なお壮健で、たまたま仕事を辞めていたものの、公共職業安定所などで就職先を探していたものである。従つて由春はなお働く能力と意思を持つていたので、その死亡により同年代の労働者の得べかりし利益を失つたものというべきである。

(二) 慰謝料 一三〇〇万円

亡由春の慰謝料 五〇〇万円

原告のゑの慰謝料 五〇〇万円

原告一義の慰謝料 三〇〇万円

4  傷害による損害

(一) 慰謝料 八〇万円

亡由春は事故後精神錯乱に陥り、七転八倒の苦しみのうちに五四日目に死亡したものである。

(二) 看護料およびその交通費 一一万九二五〇円

家政婦による付添の他にもう一名食事、排便等に介助を要するということで原告のゑが付添看護をした。

一八時間看護した日 五日間(一日当り三五〇〇円)

四時間看護した日 四五日間(一日当り一七五〇円)

交通費(一日当たり市バス往復運賃の五〇日分)

5  その他の損害

(一) 医師、看護婦等の心づけ 一〇万円

(二) 文書料 六七〇〇円

(三) 弁護士費用 二〇〇万円

6  なおこの他に次のような損害があつたが、被告などからの支払いがあつたので本訴において請求しない。

(一) 治療費 二六四万六六六〇円

(二) 付添看護料 五〇万五六〇五円

(三) 葬儀費 一三二万六七五〇円

(四) 雑費 八万六八二六円

7  前記第三ないし第五項の損害のうち原告ら固有の慰謝料および第四項の(二)の看護料、交通費を除くその余の損害を合計すると二一六〇万〇五四六円となる。原告らは各自これを二等分した一〇八〇万〇二七三円と原告ら固有の慰謝料(原告のゑが五〇〇万円、原告一義が三〇〇万円)を被告に対して請求し得るものであり、原告のゑは右看護料、交通費一一万九二五〇円も併せ請求し得るものである。よつて原告らは右請求し得べき金額のうち請求の趣旨記載のとおり被告に対して損害賠償金および遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実は認める。但し、後記三の1(過失相殺)のとおり、亡由春にも本件事故について過失がある。

3  同3の(一)の事実のうち亡由春の受給年金額、余命年数は認め、その余の事実は否認する。

なお、亡由春はその妻原告のゑと共に老齢年金によつてその余生を送つていたのであるが、同年金の年額金一四一万四六〇〇円は一か月一一万七八八三円となるところ、借家住まいであることを勘案すると、その総てが右両名の生活費(各自半額)に費消されていたものと思料されるから、亡由春の生活費は年金額の五〇%と認めるのが相当である。

(二) 同3の(二)のうち死亡慰謝料は九〇〇万円を限度として認めるが、その余の事実は否認する。

4(一)  同4の(一)のうち、傷害慰謝料は五五万円を限度として認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同4の(二)の事実は否認する。

5  同5のうち(一)の事実は否認し、(三)の事実は不知。

6  同6の事実は認める。

7  同7の事実は否認する。

三  抗弁

1  過失相殺

歩行者は、車両等の直前又は直後で道路を横断してはならない(道路交通法一三条一項本文)。

特に、本件事故のあつた道路は、一〇〇メートル道路と呼ばれ広く知られている名古屋市内一、二の幹線道路で、その中央部に緑地帯が設けられている関係でその両端部分は逆方向の一方通行路となつている。そして一方通行部分の車道は一五メートル幅の四車線となつており、相当の高速で走行する車両の往来が頻繁であるため、横断歩道以外の所で横断することが極めて危険であることは周知の事実である。

このような危険な車道に被害者は立ち入つたのである。いかなる理由があるにせよ自ら敢えて危険をおかしたと言われてもやむを得ないのである。

被告は、本件事故直前において、歩道から第二番目の車線を東進していたが、前方約二三メートルの地点で、右方から左方(北方)へ向つてかけ足で横断中の亡由春を認めた。

そして、同人は、被告車の方を見て一旦立ち止まつたので被告は驚愕して、衝突回避のため、急停止の措置をとると共にハンドルを左へ転じたのであるが、亡由春も又左方へ走り出したためその効なく自車前部が亡由春に衝突してしまつたのである。

被告が左へ転把したのは、右側の第一車線には略々並進状態で走行中の自動車がいたので右へ転把できなかつたためである。数台の自動車が並進している場合、その内の自動車が進路変更をしようとするときは相互に制約されざるを得ないのである。

本件事故の一因として、被告が前方の注視を充分尽していなかつたことは認めるが、他方、亡由春が、幹線道路を可成りの速度で並進してくる自動車の進路直前の所で、自殺的行為とも言えるような危険極まりない横断をしようとしたことも重大な原因(過失)と言わざるを得ない。

亡由春が、本件事故当時、横断しようとしていた車道には、同人が横断のため出てきたと思われる国鉄中央線高架下の緑地帯(乙第一号証の交通事故発生現場見取図の

点)から、西方五六メートルおよび東方一六四メートルの場所に、夫々幅三・八メートルの横断歩道が設置されている。そして、いずれも信号機によつて交通整理が行われている。

よつて、被害者が、緑地帯の端に設けられている幅三メートルの歩道を西進又は東進して、右いずれかの横断歩道によつて車道を横断していたならば、本件事故を免れ得た。

以上述べた事情を勘案するならば、三〇%程度の過失相殺をなしても失当でないと思料する。

2  損益相殺

原告佐藤のゑが受給する遺族年金額を損益相殺すべきである。

本件事故により亡由春は厚生年金保険の老齢年金受給権を喪失したが、その反面原告佐藤のゑは同保険の遺族年金受給権を取得した(厚生年金保険法五八条一項)。

しかして、同原告が受給する金額は、被保険者(本件では亡由春)が受給していた基本年金額の百分の五十に相当する額に加給年金額を加算した額である。(同法六〇条、六二条の二)。

よつて、亡由春の逸失利益額から原告のゑが被害者の死亡後一〇年間にわたつて受給する遺族年金額を控除すべきである。

なお、原告佐藤のゑが受給する遺族年金額は、現に受給した額のみならず将来受給する額も含むべきである。

けだし、老齢年金は、当該老齢年金受給権者に対する老後の生活保障を与えることを目的とするものであるとともに、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても、同じ機能を営むものである。

即ち、老齢年金受給者が死亡したときには、これにより生計を維持していた一定の遺族に遺族年金が支給される(厚生年金保険法五九条)のであるから、遺族年金は右遺族に対する生活保障の目的を有していることは明らかである。

したがつて、老齢年金受給権を喪失したことを損害とし、その賠償債権を相続により承継する以上、該相続人が、他方において、老齢年金受給者の死亡により遺族年金受給権を取得したときは、右相続債権額から右遺族年金額を控除すべきである。

もし、これを併合して認めるならば、老齢年金と遺族年金の二重給付を許すという結果となるが、これは不当である(同旨、最高裁判所昭和四一年四月七日判決、判例時報四四九号)。

3  一部弁済

被告は、治療費二六四万六六八〇円、付添看護料五〇万五六〇五円、葬儀費一三二万六七五〇円、雑費八万六八二六円を支払つた。

四  抗弁に対する認否及び主張

1  抗弁1(過失相殺)の事実は否認する。

本件は、以下に述べるとおり、過失相殺はなされるべきではない。

本件事故現場は、制限速度五〇キロメートルと定められたいわゆる若宮大通りの東方向に一方通行になつている北側の直線で見通しのよい車線部分である。

ここは車道幅員が一五メートルあり、その西側に歩道が設置され、南側歩道には公園、広場等がある緑地帯が接し、北側歩道には住宅、事務所、工場等が接している。又ここには国鉄中央線が高架になつて交差しているが、これに西接して車道幅員九メートル、歩道幅員一・七メートルの道路が、北から約六〇度の角度でT字型に交差している。

なお本件事故発生当時、天候が晴れており、ラツシユ時間帯より早い時刻であつたので、通行車両も少なかつた。

このような本件事故現場を車両を運転して進行する者は、歩道から歩道へと車道を横断する歩行者や北側から交差している道路から交差点へ進入して来る自動車等の車両のあり得ることも予測して、前方等を注視して制限速度内の適切な速度で車両を運転して、交通事故を未然に防止すべき注意義務があるというべきである。

ところが被告は前方を注視して、適切な速度で運転するという極めて基本的な義務を怠り、たまたま右側を並進していた自動車よりも先に出ようと、いたずらに加速を加え、制限速度を超えること二〇キロメートルにも及ぼうという猛速でつき走り(千早交差点を出る時には既にこの速度で走り抜けている。甲第四号証参照)、しかも右側の自動車の動きにのみ注意をとられて、前方を見ず、亡由春にわずか約二三メートルに接近して始めて同人に気がつくという仕末であつた。本件事故はまず第一にいえることは被告のこのような無謀、無法な運転によつて引き起されたものであるということである。

本件事故は右に述べたとおり被告の無謀、無法運転に因るばかりでなく、加えて、危急に際しての被告の未熟運転に因るところが大きい。

自動車の運転者たる者、一旦横断歩行者との衝突など交通事故発生の恐れある危急に直面した時、状況を一瞬のうちに冷静に判断し、相手の静動を見極め、それに応じてブレーキ操作、ハンドル操作など適切に行い、交通事故の発生を未然に防止すべき注意義務ありというべきである。

ところが被告は亡由春にわずか二三メートル手前で初めて気がついて、気が動転したと思われるが、冷静に状況を判断するならば、そのまま直進して進行すれば亡由春と衝突することなどあり得ないのに、こともあろうに、同人の進行方向にハンドルを切つてしまつたのである。しかもそのうえ、亡由春の動きを注視するならまだしも、顔を伏せてしまつてそれもしなかつたのである。これでは被告の方からわざわざ亡由春に特攻隊のようにぶつかつて行つたようなものである。

被告は自動車運転免許をとつてわずか六ケ月にしかなつていない。被告の運転技術、とりわけ危急に直面してのそれが未熟であることは、右のとおり明らかである。なればこそなおさら慎重運転が望まれるのに、身の程も知らず一般街路をレース場まがいに無謀運転した被告は厳しく責められなければならない。

以上のとおり、本件事故は被告の著しい過失によつて惹起せしめられたもので、しかも被告の一方的過失によるもので、亡由春に以下述べるとおり責められるべき過失はない。

残念ながら亡由春からその生前中に、本件事故発生の詳しい状況を聞き出すことは出来なかつた。

亡由春は慎重な性格であつたから、恐らく本件事故現場を横断するに当つて、一団の車両の通過を待つて(甲第四号証によれば、東進する車両の集団が途切れたあと、少し間をおいて被告車両が東進していつた)、左側から東進して来る車両からの安全を確認したに違いない。或はこの場合被告車の進行して来るのも現認していたかも知れない。しかしまさか時速七〇キロメートルになる速度で進行して来るとは、思いもよらなかつたに違いない。横断して車道の真中まで来たら、思いのほか被告車の速度が早いのに驚き、とまどつたに違いない。あわてて小走りで横断し切ろうとしたものの、わざわざその方向にハンドルを切つた被告車に、歩道まであとわずか四メートルの地点で跳ね上げられてしまつた。まさか自分の進行方向に被告車がぶつかつて来るとは予想もしなかつたに違いない。

このような状況で、亡由春に対して、事故を避けるためどのような注意義務を尽くせというのであろうか。制限速度を二〇キロメートルも超えて進行して来る車両のあり得ることまで予測しなければ横断が出来ないのであろうか。レース場まがいに速度を競つて前方も注視しない運転者のあることまで考えろというのであろうか。直進すれば衝突しないのに、わざわざ自己の逃げる方向、横断する方向にハンドルを切り恐ろしくなつて顔を伏せてしまうような未熟者のいることまで予期しなければならないのであろうか。それとも本件事故現場で横断してはならず、それよりも西にある千早交差点の横断歩道を信号機に従つて横断せよというのであろうか。いずれも否といわなければならない。横断歩行者たる亡由春にそこまでの注意義務を課すことは出来ない。又本件事故において、亡由春において他に過失ありと認めるべきものもない。

よつて、本件事故は、亡由春においていかなる過失もなく、自動車を文字通り走る凶器にしてしまつた被告に全ての責任がある。

2  抗弁2(損益相殺)の事実は否認する。

原告のゑは遺族年金を昭和五六年一二月から今日まで一五〇万七九九九円を受給している。しかし、政府は本件事故のように第三者の行為によつて生じた事故において、保険給付をしたときには、その限度において受給権者が有する第三者に対する損害賠償請求権を取得するのであるが(厚生年金法第四〇条第一項)、将来受給権者に支給することが確定した保険給付について現実の給付のない以上、受給権者の第三者に対して有する損害賠償請求権を代位取得するものでない。従つて、将来の年金給付額を受給権者の有する第三者に対する損害賠償債権額から控除する必要はないのである。(最高裁昭和五〇年(オ)第四三一号、昭和五二年五月二七日第三小法廷判決参照)。

よつて、原告のゑの被告に対する損害賠償債権金額から、確定した遺族年金額といえども今まだ現実に給付されていない将来の給付額を控除すべきでない。

なお、原告のゑが亡由春の死亡により遺族年金を受給した限度において、これを逸失利益から控除すべきであるとの考え方(これを是認するかのごとき厚生年金保険法第四〇条の規定)があるが、失当と解すべきである。即ち、遺族年金は被保険者が死亡したとき等において、その損害を填補するためのものではなく、一定の身分関係にある者について、その生計を維持していくために認められているものである。従つて遺族に遺族年金を支給されても、被保険者の損害を填補したことにならないものであるから、本件のように交通事故によつて被保険者が死亡して遺族において損害賠償を請求するに当り控除されるべきものでないというべきである。

3  抗弁3(一部弁済)の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  当事者

成立に争いのない甲第四号証によれば、請求原因1の事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。

二  事故の発生及び被告の責任

請求原因2の事実は当事者間に争いがない。したがつて、被告は自動車損害賠償保障法三条に基づき、亡由春の傷害、死亡により生じた損害を賠償する義務がある。

三  損害

1  逸失利益

(一)  成立に争いのない甲第四号証、原告佐藤一義本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡由春は、明治四四年五月一七日生まれで、本件事故当時七一歳の男子であつたが、昭和五六年の簡易生命表の七一歳の男の平均余命は一〇・八二年であり、昭和五四年頃まで訴外株式会社入谷製作所に勤務していたこと、同人は右会社を退職後半年位してから職業安定所などに行つて仕事を捜したこともあつたが、退職後は仕事に就かず、厚生年金保険の老齢年金で同人の妻原告佐藤のゑ(当時六三歳)と生活をしていたこと、そして、亡由春の事故前の生活は早朝妻とともに先祖に対する勤めをし、午前は自分の健康管理で血圧等を計りに勝又病院に通い、午後は盆裁や庭の手入れ等をして一日を過ごしていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

亡由春は右老齢年金を年額一四一万四六〇〇円の受給を受けていたことは当事者間に争いがなく、原告佐藤のゑが厚生年金保険の遺族年金の受給を受けるに至つたこと、同原告が受給する金額は被保険者であつた亡由春が受給していた基本年金額の百分の五〇に相当する額に加給年金額を加算した額であることも、当事者間に争いがない。

(二)  老齢年金の逸失利益

(1) 厚生年金保険の老齢年金受給権の逸失利益性を考えるに、同受給権は、長年の被保険者の掛金の負担により獲得したものと考えられ、本件事故により右受給権が喪失させられたというべき面が存するが、厚生年金の費用は国庫も負担しており(厚生年金保険法一三七条)、また加入員(被保険者)を使用する設立事業主も加入員とそれぞれ掛金の半額を負担しているものであり(同法一三九条)、さらに遺族年金として被保険者が死亡したとき一定の身分関係にある遺族に基本年金額の百分の五〇に相当する額(但し、妻又は子に支給されるときは加給年金額を加算)が支給されるものであるから(同法五八ないし六〇条)、被保険者及びその遺族の生活保障という社会政策的な側面も存するところである。

本件においては、前記認定のとおり、亡由春は本件事故で死亡しなければ平均余命年数である約一〇年間生存し、年額金一四一万四六〇〇円の老齢年金を得られるはずであつたが、原告佐藤のゑは亡由春の死亡により、同原告の死亡まで遺族年金を受給することができ、また同原告の平均余命年数は亡由春のそれを超えるものである。

右事情を総合判断すると、亡由春の老齢年金受給権の喪失は、同人の受給していた年額一四一万四六〇〇円の二分の一である七〇万七三〇〇円を一〇年間受けられなくなつた範囲で逸失利益として認めるのが相当であり、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して死亡時の原価を算出すると、次のとおりになる。(計算にあたつては、円未満は切捨てる。以下同じ。)。

(141万4600円×1/2)7.9449 10年のホフマン係数=561万9427円

(2) なお、被告は、佐藤のゑが受給する遺族年金額は現に受給した額のみならず将来受給する額も含めて損益相殺すべき旨を主張するところであるが、遺族年金は亡由春に対して受給されるものではないこと、前記のとおり社会政策的に遺族に支給される側面があること、老齢年金の逸失利益性の認定において遺族年金が原告佐藤のゑに受給されることを十分考慮していること(実質的に損益相殺しているとみることができる。)から、採用できない。

(三)  労働収入喪失の逸失利益

前記(一)項認定及び争いのない事実によると、亡由春は事故当時無職者であり、健康管理、趣味等をして過ごしていたものではあるが、病気等で全く働くことができない状態ではないこと、二年位前までは訴外株式会社入谷製作所に勤務し、同社退職後半年位して職業安定所などに行つて仕事を捜していたもので、老齢年金年額一四一万四六〇〇円で同人の妻原告佐藤のゑと生活していたが、右金額は右両名が悠悠自適の生活を送るには少ないというべきであるから、亡由春が労働意欲が全くなくなつたというべきでないことが推認される。

右認定事実からすれば、亡由春の労働による年収は、少なくとも昭和五六年賃金センサス産業計全労働者六五歳以上の二三三万一一〇〇円の二分の一である一一六万五五五〇円を得ることができたと認めるのが相当である。

そして、亡由春の平均余命年数である約一〇年間のうち少なくとも五年間にわたり、右年収を得ることができたと推認すべきであるから、ホフマン方式により年五分の中間利息を控除して死亡時における現価を算定すると、次のとおりになる。

(233万1100円×1/2)×4.3643 5年のホフマン係数=508万6809円

(四)  生活費控除

成立に争いのない甲第四号証、甲第五号証の一、二、甲第六号証の一ないし三、甲第七号証の一ないし四、甲第八号証の一、二、甲第九号証の一ないし四、及び原告佐藤一義本人尋問の結果によれば、本件事故当時、亡由春は子供が結婚して独立の生活を営んでいたため、妻の原告佐藤のゑと二人だけで生活し、二人は質素な生活をしていたことが認められ、右事実を考慮すると、亡由春の収入に占める生活費の割合は四〇パーセントとするのが相当である。

そこで、前記老齢年金及び労働収入の逸失利益から生活費を控除すると次のとおりになる。

(561万9427円+508万6809円)×(1-0.4)=642万3741円

2  亡由春の慰謝料 四八〇万円

亡由春が前記認定の本件事故による傷害及びこれに基づく死亡により精神的苦痛を被つたことは明らかであり、これに対する慰謝料は四八〇万が相当と認める。

3(一)  原告佐藤のゑ固有の慰謝料 三四〇万円

(二)  原告佐藤一義固有の慰謝料 一七〇万円

原告らは、夫であり、父である亡由春を本件事故で失い、多大の精神的苦痛を受けたであろうことは容易に推認できるところであり、これに対する慰謝料は、妻である原告佐藤のゑにつき三四〇万円、子である原告佐藤一義につき一七〇万円と認めるのが相当である。

4  看護料 六万二〇〇〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三号証、前掲甲第四号証によれば、亡由春は入院中、二名の付添看護を午後四時から午後八時までの四時間を必要とした日が四五日間、午後四時から明朝午前一〇時までの一八時間を必要とした日が五日間あり、原告佐藤のゑが右期間付添看護をしたことが認められ、一八時間看護した日の看護料は一日三四〇〇円、四時間看護した日の看護料は一日一〇〇〇円(いずれもその交通費分を含む。)とするのが相当であるから、看護料の合計は次のとおりになる。

3400円×5日+1000円×45日=6万2000円

5  医師、看護婦等の心づけ、文書料

請求原因5の(一)(医師、看護婦等の心づけ一〇万円)、同5の(二)(文書料六七〇〇円)の各事実を本件事故の損害と認めるに足りる証拠はない。

6  治療費、付添看護料、葬儀料、雑費 合計四五六万五八四一円

請求原因6の(一)(治療費二六四万六六六〇円)、同6の(二)(付添看護料五〇万五六〇五円)、同6の(三)(葬儀費一三二万六七五〇円)、同6の(四)(雑費八万六八二六円)の各事実は当事者間に争いがない。

四  過失相殺

1  成立に争いのない甲第四号証、乙第一ないし第五号証、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

本件事故現場は、車道部分の幅員が一五メートル(四車線)の制限速度時速五〇キロメートルで、西から東方向に一方通行規制のなされているアスフアルト舗装の平たんな道路(通称一〇〇メートル道路、以下「本件道路」という。)であり、その南側歩道側には公園等のある緑地帯があり、その北側歩道と北接して車道部分の幅員が九メートルの道路が東から約六〇度の角度でT字型に交差し、右交差する道路に隣接して北南に国鉄中央線が高架となつて、本件道路と交差しており、衝突地点は右高架のガード下である。

被告は、普通乗用自動車である被告車を運転し本件道路(一〇〇メートル道路)を東進し、本件事故現場から西側約五六メートルにある千早交差点で信号待ちした後、対面信号が青色となつてからさらに北から三番目の車線を東進を始めたが、北から四番目の車線を東進する普通乗用自動車が被告車の右後方から加速走行してきたため、被告は同車に対抗意識を持ち、遅れをとるまいと被告車を加速し右側の自動車とともに併進して時速約七〇キロメートルで進行したが、右側併進の自動車に気を奪われ前方に対する注視を怠つていたため、本件道路を南側(緑地帯側)から北側へ走つて横断中の亡由春を前方約二三・〇メートルに接近して始めて発見し、急制動の措置をとるとともに少しハンドルを左に切つたが恐しさの余り顔を伏せてしまい、適切なハンドル操作を行わず、亡由春を被告車の前部に衝突させたものである。

亡由春は本件道路を横断して車道の真中まできたところ、被告車らが高速度で接近してくるのを発見し、一旦立ち止まり、すぐ北側に走り本件道路を渡り切ろうとしたが間に合わず、歩道まであと四メートルという地点で、進行方向を亡由春の逃げる方向に変更してきた被告車に跳ねられたものである。

なお、本件道路には、衝突地点にある国鉄中央線高架下の緑地帯から西方約五六メートル及び東方約一六四メートルの場所に横断歩道がそれぞれ設置され、いずれも信号機によつて交通整理が行われている。

2  前項に認定した事実によると、被告には本件事故を惹起するについて、前方不注視、運転不適切の過失があることは明らかであるが、他方、亡由春にも通称一〇〇メートル道路という幹線道路を横断歩道によらず、渡れるものと軽信して本件道路を横断してきたところに過失があり、それが本件事故の一因をなしていると認められる。

右の双方の過失の内容、前項に認定した道路状況、事故の態様等諸般の事情を考慮すると、本件では前記の損害につき一五パーセントの過失相殺をするのが相当である。

五  損害の填補

抗弁3(一部弁済、合計四五六万五八四一円)の事実は当事者間に争いがない。よつて、右四五六万五八四一円は過失相殺後の損害に填補される。

六  以上のとおりであるから、亡由春の請求できる損害額は次のとおりになる。

(642万3741円+480万円+456万5841円+6万2000円)×(1-0.15)過失相殺-456万5841円=890万8003円

そして、右八九〇万八〇〇三円は、原告らに法定相続分(各自二分の一)に応じ相続された。

したがつて、原告一義の請求しうる損害額は次のとおりになる。

170万円+890万8003円×0.5=615万4001円

同様に、原告佐藤のゑの請求しうる損害額は次のとおりになる。

340万円+890万8003円×0.5=785万4001円

七  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告らは本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるところ。本件事案の性質、訴訟の経過、認容額等に照らし、原告らが賠償を求めうる弁護士費用は、原告佐藤一義につき六〇万円、原告佐藤のゑにつき七〇万円と認めるのが相当である。

八  結論

以上の次第により、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告佐藤一義につき六七五万四〇〇一円、原告佐藤のゑにつき八五五万四〇〇一円及びこれらに対する本件事故の日である昭和五六年九月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 駒谷孝雄)

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